大学をサボる!このままで良いの?大学を辞めたいな…。そんな大学生の悩みの為に

大学をサボる。自主休講、なんていう言葉もあります。講義をサボっても何も言われないことが多いし、今日もサボってしまおう…。しかし、罪悪感と共に悩みの種になることも。大学に意味を見出せず辞めたいなんて思っていませんか?アドバイスします。

大学をサボってしまう…。

大学をサボる癖について。

これについて悩んでいらっしゃる方は、結構多いようです。

私の相談室にも、相談しにいらっしゃる方が多くいらっしゃいます。

また、当相談室は都内女子大学生悩み相談室となりましたので、「サボる癖」に関して、それをスピリチュアル的に分析し、悩みの解決をします。

もしかして「甘え」ではなく、あなたの知らぬ所で別の問題が作用して、それがサボってしまう原因になっているのかもしれません。

特に、大学に行かなければと思うのに行けなかったり、やる気が出なかったり、大学に行かないことに対して強い自己嫌悪・罪悪感を持ってしまう場合、相談を拝聴していると、スピリチュアルな解決方法をしなければならないケースもあります。


・生霊が憑いている

・誰かの恨みを買っている

・オーラの色の減退

・生命力の低下


など……

当相談室では、そうしたスピリチュアルの面から悩みを分析致しますので、スピリチュアルが苦手、スピリチュアルを信じない大学生の方はご相談を承ることが出来ません。

あらかじめご了承下さい。

スピリチュアルを信じる方は、カウンセリングの受け方より相談申込方法をご確認下さい。

大学は「サボる」為にある、とよく言われますが、これはかなり偏った見解のような気もします。

しかし私が大学生の頃、よく耳にした言葉でした。

私自身、親に無理矢理勉強させられ、脅されたように大学生になって、全く先が見えない状態でした。そんな時大学をサボることで、安らぎを覚えていたこともあります。

その時は甘えだと思っていましたが、同時に沢山悩みを抱えていました。

ですのであなたが大学をサボってしまう自分を責めるのなら、それはその他に悩みを抱えていて、大学に行きたくても行けない、からではないでしょうか?

当相談室では、スピリチュアル的に悩みを分析し、大学をサボることについて罪悪感がある、その他悩みを抱える大学生の方のご相談を承っております。

大学は、中学校や高校と違って、誰かに何かを教えてもらうような、つまり何かを「与えてもらう」機会は少なく、受け身とは真逆の教育機関です。

大学生くらいの年齢になれば、自分の進むべき道は何か、それがはっきりとでも、ぼんやりとでも構いませんが、見えている人が大半です。

大学生はもう子供ではありません。

大人と呼べますので、自分自身の価値観、意見・概念を持って、行動し道を見出す年齢なので、大学は自ら見つけ、学び、進む人には打ってつけの機関です。

しかし、大学生になって、自らの考え、自分自身がどうありたいのか、まだ分からない方にとっては、苦痛の場所と言えるかもしれません。言い過ぎかもしれませんが。

自己判断、自己の裁量、自己責任に任せられるので、講義の際、出席を取られる機会はほぼありません。

ですので講義に出るかどうかは、その人自身の判断に委ねられます。

大学をサボることについて

前向きに「サボる」のと、自身を責めながら「サボる」、二種類があります。

と管理人は思います。

まず、前向きに「サボる」とは、


・講義に出るよりも、目標を達成する為に他にしたい事があるので、それを優先する為にサボる

・単位取得が出来れば良いので、後は将来に向けて、やるべき事をする為にサボる

・自分探しをする為、一旦全てから離れる為にサボる


などが挙げられます。

これらは一様に、自身の道、自らがどうありたいかが定まっていて、講義などがその邪魔になるので、大学を「サボる」ケースです。

つまり自分で良しとしてサボる、自身にとって価値あるものを天秤に掛けた上で、大学を「サボる」場合になります。

もう一つの「サボる」は、


・強い罪悪感があるけれど、サボってしまう

・何となくやる気が起きず、結局サボる

・大学に行っても、つまらなく感じてしまいサボる

・友達が出来ず、寂しいからサボる

・大学のことを考えるとすごくマイナス思考になって、引きこもり、サボる


どれも、サボることに対して、悩みやマイナス思考を伴っています。

前者で挙げた前向きな「サボる」は、自身が良しとして大学をサボるので、まだ良いと思います。

しかし後者の「サボる」は、心や悩みに左右されて大学に行けなくなる、そして「サボる」事態が発生しています。

私の場合、大学をサボることで心の平安、安らぎを求めている部分もありました。

大学に行かずに一日が終わる。

そうして全てを忘れてしまいたい気持ちでした。

「サボる」癖が抜けなくて、悩む大学生の方は多くいらっしゃいます。

どうして大学をサボるのか分からず、悩む方もいます。

サボってしまう。それは、単なる甘えとは、違うかもしれません。

「サボる」事に対して、罪悪感がある

本当は、大学に行くべきだ、行かなければと思うのに結局行けず、罪悪感に見舞われながら「サボる」ケースです。

いつもはしっかり真面目に何でもこなす人ほど、大学をサボる自分に罪悪感を覚える人は多いかもしれません。

「何でも、しっかりこなして行くべきだ」という考え方が、心の奥底にあるからです。

幼い頃から、何でもしっかりこなして行かなければ、親に厳しくされて育った人に、こういう方が多いと思います。

幼い頃から刷り込まれてしまうと、刷り込みによる心のダメージなどを取り除くのは、とても難しいです。

スピリチュアルでは、こうした刷り込みから、心を解放してあげることもできます。

「完璧主義」は、もし完璧に出来なくなった場合心が総崩れするほどに、実はもろいものです。そしてそこに、どんどん悩みや罪悪感が積もって行く。

そしていつの間にか、うつ状態になってしまう可能性もあります。

うつ病の中には、趣味は楽しめるけれど、仕事や学校に行くと本当に心が塞いでしまうケースも存在します。

ですから、このような大学を「サボる」ケースを一概に単なる「甘え」として捉えてしまうのは危険です。

人の心の状態は、目で直接見るのは不可能です。

自分自身は自分が一番分かっていると、よく言われていますが、本当は分かっていない部分が多いのです。

「大丈夫だ」と思っていても、本当は「大丈夫」ではないケースは往々にして存在しています。

先に挙げた「友達がいなくて寂しいから大学をサボる」以外の項目は、最悪の場合「うつ病」を疑っても良いケースです。

心の状態が「良い状態である」とは決して言えません。

大学に行くやる気が起きず、大学がつまらなく感じてしまい「サボる」のも、危険視すべきケースです。

他のページでもよく書かせて頂いていますが、「何の為に大学に行くのか分からない」という大学生の方も、多いと思います。

これは、将来を考える機会がなく、年月だけが過ぎて、良い大学に入るだけを目標にして来た大学生の方に多いケースです。

将来の夢というのは、与えられるものではありません。

将来をどのようにして行きたいかは、誰に教えられるものでもなく自分の中から湧き上がって来るものです。

しかしそうでない人にとっては難しい問題です。

大学に入学する為には、とにかく沢山勉強しなければなりません。

特に有名大学や難関大学に入学する為には、相応の学力が必要です。

もし目標や将来の夢もなく、心血を注いで勉強に取り組んでいたら、大学にいざ入学してエネルギー切れになって、やる気がなくなってしまうのは、当然です。

まず目標や夢の為に、大学生になりたい、強い気持ちがあって、努力、この場合は勉強が成り立つからです。

大学のことを考えると、悩み、マイナス思考になってしまう大学を「サボる」場合。

一般的にうつ病の治療はまず、そのうつ病になるきっかけの所から、つまりうつ病になるまで悩みやストレス、心の傷を沢山負う原因となった所から、離れるのが第一歩であると言われています。

大学のことを考えると、マイナス思考になってしまうのであれば、「それでも、どうしても行かなければ」と思わずに、一旦大学から離れてみるのも良いと思います。

そしてうつ病の治療に専念するのが一番です。

うつ病の治療は、スピリチュアルな方法によっても可能です。

そのまま大学に行き続ければ、最初は小さい心の傷もどんどん大きくなってしまって、マイナス思考どころの騒ぎではなくなってしまいます。

むしろ、大学を「サボる」事で悩みから離れて、心の安定を図る必要が、あるかもしれません。

大学をサボるのは、単なる甘えだけではないと私は思います。

悩み多き”ストレス社会”と言われるくらいの現代です。

無意識のうちに心が傷付いて、それが大学を「サボる」行動として現出しているのかもしれません。

大学は全てが自己責任になりますので、「サボる」事も容易です。

今の時代は、目標意識を育むよりも先に、勉強ばかりさせてしまう傾向があるように、私は思います。あくまで私の意見です。

もちろん、目標意識は、その人その人の生活の中で、育まれるものなので、学校ばかりに頼っては出来上がるものではないと思います。

本来なら、人は死活問題に直面すれば、火事場の馬鹿力を出せる生き物です。

例えば、乗っている船が転覆し、海に落ちて溺れたとします。

体が沈んでいるのに、やる気が出ず、泳ぐのを「サボる」というのはまず有り得ません。

何が何でも、水から出て空気を…!と、体が勝手に動くはずです。

火事場の馬鹿力は、火事が起きた時に、大切なものがしまってあるタンスを持ち上げて逃げる、つまり究極に追い詰められると馬鹿力が出る、そういった様子を言葉にしたものです。

理由もなく、ただやる気が出なくて何かを「サボる」ことは決してあり得ません。

やる気が出ず、「サボる」行動に出てしまうのは、本来であれば火事場の馬鹿力を出せるのに、心に何らかの問題があり、本来の力が出せない状態なのだと思うのです。

誰しも本来なら、自主的にサボりたいだなんて、思いません。

単なる甘えで、大学を「サボる」場合ももちろんあると思います。

しかしこの場合はまだ、心に余裕があり改善の余地がまだある状態であると思うのです。

問題なのは、理性も心の制御も利かず、自分の意志とは関係なく大学を「サボる」ようになってしまった場合です。

悩みの末に、心の助けや安らぎを求めて、無意識にそのような行動を取っているのかもしれませんから、まず自分の心とじっくり向き合う時間を作ることが必要かもしれません。

大学を「サボる」癖が付いてしまって、悩みを誰にも相談出来ず困っている都内の大学生の皆様の為に、都内女子大学生悩み相談室では、大学をサボってしまう大学生の方の悩み相談を承っております。

悩みを抱える都内の大学生の皆様、どうぞお気軽にご相談下さい。

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