大学の勉強がつらい。大学を辞めたいほど悩みのある大学生へ

大学の勉強がつらい。つらくて大学を辞めたい。大学の勉強、つらいですよね。高校とは比べ物にならないし、専門性も求められる…。こんなはずじゃなかった!でも、大学を辞めてしまうのは、勿体なくないですか?そんな大学生の悩みの為に、記事を書きました。

大学の勉強がつらい。大学を辞めたいほど悩みのある大学生へ

何かの目標や目的に対して、本気でそうなりたいと思い、そして本気で努力を重ねる、それはとても意味があり有意義で楽しいものです。

大学生のアルバイトであれば、お金を稼ぐ為、新しい人間関係を作る為。

サークル活動であれば、大学生のうちに自分の趣味などに本気で打ち込み、自分の心の成長を図る為。

大学に入学するのも、勉強するのも、全てに関して同じことが言えます。

勉強にも同じことが言える、と書きました。

もちろんそうなのですが、しかし勉強となると、「勉強は良い成績、点数を取らなければならないもの」という連想をして悩みを抱く方が、多いのではないでしょうか。

現に私も、悩みを抱えました。

もちろん、そうであって然るべき…なのですがしかし、勉強の場合、この「良い成績・点数を取らなければならない」というのが目標になっていて、その先の最も大切な将来の展望が見えぬままに、ひたすら勉強を強いられる…そのような場合が多いと思います。

良い成績を取り、難関学校に入り、難関大学の大学生となり、立派な会社に就職する。そのレールの上では、全てが数字に左右されます。

数字が高い=良いことであり、必要不可欠であり、逆に低ければ、死んだも同然という考え方です。

確かに勉強の成績が良く、学力が高いのは大切です。

しかしそれだけでは、最も大切なものが欠けています。

大学生として過ごす中で、ただ勉強するだけではなく将来どのような展望を持つのか否かは、生きる上では大きな違いとなって来ます。

将来の展望とは、数字が高い低いでは最早成り立ちません。

その人の心がいかに、大学生の内にその将来の展望に、夢に対して気持ちを強く持つかで、成り立って来るのです。


大学生になる為にも、高い成績と学力を持つことは大切です。

その為に、日夜多くの時間を取って、勉強に励み大学に入学した大学生の方は大勢いらっしゃると思います。

私も事実、無理矢理母親から高校のとき受験コースへ転入を強いられ、新学期を迎えるとそのクラスの生徒達は、まるで戦争に直面するかのごとく面持で授業を聞いていました。

毎日が勉強戦争の状態のクラスで、当然難関大学の大学生を志す人は多かったです。

しかし、そんな同級生達も、受験を終え無事大学の大学生となった人の話を聞くと、まるで空気が抜けた状態になって、何もやる気にならず、せっかく大学生になっても将来の展望が見えないと、悩みを持つ人が多いというのが分かりました。

あれだけ沢山一生懸命に勉強しても、結局は「勉強を一生懸命する」だけが第一目標になってしまい、最も大切な何かを考えないまま、悩みを抱えて大学生になった人が、大勢いたことになります。

このような例を挙げてみると、「何の為に勉強をするのか」と考える機会があまりなく、もっと言えば大学生になるまでその機会すらない、現実が見えて来ます。


その結果大学に入学しても、大学生のうちに「何の為にこの大学に入学するのか」という展望がなく、悩みの末せっかく入学した大学を辞めてしまう例も少なくありません。

こんな現象が起こってしまうのは、今の教育界が、勉強ばかりになってしまって「将来の展望を考える機会が少ない」ことを意味しています。


私も実は、親から無理矢理勉強を強いられ、良い点数が取れなければ罵られ、勉強が理解出来なければ激しく攻め立てられ…大学生になる前に悩み、嫌な経験をして来ました。

特に、勉強と言えば「親から攻め立てられる」連想が出来てしまうくらい、非常に嫌な経験です。

このような状況下で、当然自分の将来について考える、夢や展望を持つ余裕がなく成長し、大学生になりました。

しかし大学生になっても、そのまま何をすれば良いのか分からず、悩み途方に暮れた経験があります。

こんな「勉強」は、本当の意味での「勉強」ではありません。

私と同じような過去を持つ大学生の方も、いらっしゃるのではないでしょうか。


”数字が高いことが全て”という考え方では、本当の意味で大切なものを見失ってしまうでしょう。

例を挙げると、例えばフィギュアスケート。選手の方達は、オリンピックなどの大会ではもちろん審査員による判定、演技における点数によって、その高さ低さで勝敗を競います。

しかし普段の練習では、点数を気にするより、演技をいかに優雅に美しく表現するか、技術を高められるかなどに重きを置いて練習に励んでらっしゃると思います。

つまり、最も大切な「表現力」のその次に、点数での評価が付いて来る形になっています。

勉強も本来は、”将来の展望を叶える”のを前提として、その次に自然と付いてくる形であるべきだと思うのです。


点数は、何かの目標の次に自然に付いて来るべきものです。

しかし技術の高さやセンスなどと違って勉強だけは唯一、最初から最後まで点数のみでしか競うことが出来ません。

こちらも、勉強において「高い点数、成績に重きを置く」事態が発生してしまう要因の一つかもしれません。


数字は非常に便利で、見るだけですぐに高いか低いかが分かります。 目で見るだけで簡単に、その人の勉強の能力値を計ることが出来ます。 今のところ「数字で表記する」しか、勉強の能力値を表す方法はありません。

サッカーのファインプレーや野球の華麗な変化球などと違って、勉強が出来るか否かは、直接目で見る方法はありません。

ですので勉強の能力値を計る為には数字の高いか低いかで、判断をするしかないのです。


数字は、生活に必要不可欠なものです。

勉強の成績を計る以外にも、物の値打ちや所得収支、海外貿易、科学、政治、ありとあらゆる分野で、使われています。

生活と切り離すなんて最早不可能です。

「数字は全てである」考え方が人々の中に浸透するのも仕方のないことだと思います。


そして、近頃は特に、数字を「全て」の物事に当てはめて考える傾向が強いように思います。

そして、数字での評価が高いか低いかで、”良いか悪いか”の判断をするところまで来てしまった為に、勉強だけではなく様々な場面で問題が起こってしまうように思います。

ある程度ならばまだしも、全ての物事に数字を当てはめるのはまず、精神衛生上非常に良くありません。悩みが増える要因となります。

数字が高いか低いかで、「良いか悪いか」が決まってしまうのであれば、それは同時に、肯定されるか否定されるかが決められてしまうからです。

存在の肯定否定というのは、悩みの中でも深刻なものです。

この考え方が、勉強においても、点数が高い=良いこと、成績が良い=全て、という式を作ってしまうのだと思います。

ですから良い成績を取る→難関大学の大学生になる→有名な、大手大企業に就職する=最良である、という式が、一般的に浸透してしまう事態が起こってしまうのです。

これによって、訳も分からずに、「良い成績を取れ」という風に追い立てられ、訳も分からずがむしゃらに勉強し、いざ良い大学に入学しても、はてその後どうするかという悩みを引き起こしてしまうのです。


数字は大切なものですが、将来の展望など計ることは不可能なものまで、数字を当てはめて考えてはいけないと思うのです。

下手をすれば心を数字で計るのと同じ試みを、無理矢理にしている訳です。

そんな領域にまで無理矢理当てはめようとするから、考えるべき最も大切なものを考える余裕がなくなってしまう、あるいは考える機会が失われて、悩みが増えてしまうのです。


数字が高い=良いこと、勉強の成績が全てという考え方に蝕まれ過ぎているのが今の社会であると思います。

そして、今はスマホやタブレットなどの高性能でかつ軽くて持ち運びやすい、常に肌身離さず持っていられる機械、端末の普及が目覚ましい時代です。

大学生の方などの世代には特に広く普及しています。 何をしていなくても常に、沢山の情報が詰まった端末をポケットの中に、バックの中に、入れて持ち運べるという、今はとても便利な時代です。


しかし、何も考えずとも常に情報が手に入る時代だからこそ、逆に失ってしまうものもあります。

例を挙げますと、例えば赤信号の横断歩道で、青信号になるまで待つとします。

信号の色が赤から青に変わる間、少し時間があるので、その間スマホを手に取りいじり始める人もいるでしょう。

そして、いざ青信号に変わった時に、そのスマホをいじっている人が、ずっとスマホに集中し続け立ち止まっている光景を、一度は見た経験はありませんか?

情報が簡単に手に入る時代になって、それと同時に人々の「感じる」力が、先の例からも分かる通り、徐々に弱くなって来ているように思うのです。


感じる力、頭で考える領域を超えるものを体感する力は、スポーツや絵画、伝統的な職人技など、それらをする上では必要不可欠なものです。

これはもちろん大学生のうちに、自分の人生をどのようにしたいのか、どんな展望や夢を持って進んで行くのかを考える上でも大切な力ですので、この力が弱まってしまうのは、悩みも増えるし非常に危険であると私は思います。

勉強において高い点数、良い成績を取るのは大切ですが、「数字が全てである」とおいう考え方を全てにするのではなく、悩みを抱えない為にも、”感じる力”を大切にして、勉強と同時にそれを大学生のうちに育んで行く必要があると思います。


本当に自分はこのままで良いのか、どのように人生を歩んで行くのかは、大学生の友人や親、人からとやかく言われて、それを目標として進んで行くものでもなければ、勉強のように知識を蓄えて、頭で考えて答えを出すものでもありません。

大学生のうちに自分の中の「どんな夢や展望があるのか、何を実現したいのか」を感じ取ることがまず一番大切です。

これらは大学生のうちにいくら頭で悩み考えても答えが出て来るものではありません。

大学生のうちに、何が自分にとって楽しくて、面白くて、やりがいがあると”感じる”、これが最も大切なのです。

「大学生のうちに、自分が何の為に勉強をするのか」をしっかりと前提として持っておく上で、大学生として勉強をして行くべきだと思います。


大学生で勉強が苦しいと感じるのは、前提がなく、意味や意義を感じずに勉強するからだと思います。

大学生になって、いざ勉強する時に悩みを抱えたり、やる気が起きなかったりするのも、このせいであると思います。


大学生になってから、勉強に付いて行けずに、悩みを抱える大学生の方は大勢いらっしゃいます。

自分の学力が低いのだと自分を責め、あるいは自分が志すものと何かが違う…と感じ、せっかく大学生になっても、どんどん勉強から遠ざかってしまう…。

そんな時は、自分の”感じる力”が弱まっている可能性があります。

そして、大学生としての日々の生活の中で心が疲れている場合は、さらに”感じる力”が弱まり、悩みを抱えたり、自分をどんどん追い詰めてしまうかもしれません。

自分では意識していなくても、日々大学生として過ごす中で、無意識に悩みを抱えたり、心が疲れている場合はかなりあります。

大学生としての生活の中で、少し休む時間を作ってあげて、自分と向き合って、心を休める機会を作ることで、大切なものが見えて来て勉強に身が入るかもしれません。


逆に、そこで自分に無理をして勉強をし続けたり、他のことで気を紛らわそうとしても、かえって疲れてしまうかもしれないので、一度勉強などから離れて、大学生の日々の中で「心にゆとりを持てる時間」を作るのが、本当に大切だと思います。


大学生になってからの勉強において、悩みを抱える大学生の方の為に、都内女子大学生悩み相談室では都内の大学生の方々の、悩み相談を承っております。

・大学生になってから勉強に身が入らず悩み、困っている

・大学生になってから勉強に付いていけず、大学を辞めようと思っている

・大学に入ってから急に、勉強のやる気が失せてしまった

・勉強への自信を無くしている

など、都内の大学生の方の、勉強に関する様々な悩み相談を承っております。

どうぞお気軽に、ご相談下さい。

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